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玄花's Diary

玄花の徒然ブログ<オフィシャル

玄花's Voice【10】

スピリチャルというものを知る中で、過去世とかインナーチャイルドとかソウルメイトという概念に触れる事がある。

 

その中でのソウルメイト。

 

恋愛の初期は誰でも盛り上がる。ましてや不倫や周りに反対されてなんていうシチュエーションならばなお燃え上がる。

 

「こんな気持ち初めて」

なんていう気持ちも持ちやすい。

 

その気持ちの燃え上がり=ソウルメイトではない。

 

魂を掴まれるような恋愛にウブであるとそれが運命と思いやすい。そしてそういう錯覚もまた楽しいのが恋愛だ。

 

二人のお付き合いが始まり「離れたいのに離れられない」というのは確かにある。そしてもしソウルメイトならば、「やきもち」という気持ちすら超えるというのが私の見解だ。

 

二人の関係性において、自分だけを見てくれないとかやきもちとかの感情は誰しもにあるけれど、それ以上に相手の輝きや相手の幸せや、相手がその瞬間夢中になるものを許容出来る事が優先順位の上位になる。悔しいけれど。

 

ソウルメイトだぜ?

魂で繋がっているという確かさがあるのならば、パートナーが誰かに恋をする事によって輝く事が悔しくも、その輝きに二度惚れしたりする。旦那で経験した。

 

私は子ども3人を産んだ時点で未婚だった。籍を入れたのは旦那が亡くなる1年半前だ。

 

旦那はうんと年上で私の両親に反対されていた。非日常の設定だが、その中であっても紙っぺらに捉われないただ二人の想いだけで関係を築いて来た。

 

籍を入れるとか入れないとか、そんなもので私の気持ちが変わる事はない。もし「責任」の名の下に形を整える事を提案されても私自身が却下しただろう。

 

この瞬間の燃え上がる気持ち。その瞬間をどれだけ創り続けられるか。もしやきもちを焼いて相手を責めて終わりにするような関係性ならそれは、ソウルメイトではないのかもしれない。

 

旦那に対しても彼に対しても「女の拗ねたやきもちを可愛いと思え」という傲慢を、昔した事がある。しかしやきもちよりもさらに純粋な部分から湧いて来るものがあった。相手の幸せを願う気持ち。

 

私と旦那はソウルメイトではあっただろうが、ツインソウルなどの魂の片割れではなかったと思う。必要な経験をさせてもらった。

 

「最愛の人」という言い方はちょっと違うし違和感がある。「最愛」とか、そんな枠すら設けたくないんだよ。

 

またこれから、枠すら持たずに愛し合うソウルメイトが現れるだろう。結婚という枠、恋愛という枠すら超えて、誰にも理解されなくても確かにある二人の繋がり。それをやりに来た。

 

振り返ってみれば、そんな恋愛ばかりをして来たように思う。そういう人とは、その人と一緒にいて自分が開けて拡大するかどうかで見分けられる。

 

私たちは自分に都合のよい意味づけを持って来やすい生き物だけど、魂の繋がりのある人とは学びと共に意識の拡大と豊かさが現実に顕著に現れる。ソウルメイトがどうかは現実で判断だ。

 

I'm Proudいつからか

自分を誇れるようになって来たのはきっと

あなたに会えた夜から

 

 

ソウルメイトは男女問わず。恋愛に限らず。

 

私も、「玄花に会った日から自分に誇りを持てるようになりました」と言われるような魂の触れ合いの場を創って行きたい。商業的に上手くはないけれど、そういう濃い場を共有したいんだよ。

 

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