玄花's Diary

玄花の徒然ブログ<オフィシャル

玄花's Voice【3】

何か行動をする時には、動機がある。

 

山登りや滝行をする時があるが、霊性を高めるため、意識を高めるためという動機で動いた事はない。

 

霊性を高めて感性を開き、高次のガイダンスやチャネリング能力の開花に繋がるというのも全く興味がないわけではないけれど、

 

それよりも、肉体にいる事の楽しさや心地よさ、肉体を使ってする事に興味がある。

 

今はね。

 

「現実感」を持って生きることに興味がある。

 

私は無宗教だが、キリスト教で言われる聖杯とは肉体そのものではないかと思う。

 

自己認識という意識と肉体との統合は、自己探求のもっともダイナミックな事柄に思える。

 

全てはみな繋がっていて、意識の海の底では分離はないとしても、この肉体という聖杯があるおかげで分離を味わえるというギフトを受け取ろうではないか。

 

高次の意識ばかりを追い求めて、魂を磨き、意識を開きと、現実感が薄い事をやるのと同じだけ

 

物理的な現実感をしっかりと感じてみる。それには肉体は便利なツールだ。

 

現実感を掴むほどに、転じて高次の意識にもぶち抜ける事が出来る。

 

無条件の愛は、意識が高まり霊性が高まるから得られるものではなく、今ここにある。

 

自分の意識が認識しているこの現実でそれを感じられなければ、どこにいっても無条件の愛は掴めない。

 

肉体にいるここち良さ。

肉体があるからこそ得られる、あなたと私という二元の概念。

 

そのすべてのギフトに感謝します。

 

そして私たちは肉体の中に渦を持っている。それを体感するワークはお会いした時に。

 

 

www.hyunhwa.com