玄花's Diary

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【言葉】私がそう決めた



2013年2月11日の過去ブログ


私を殺さないものは、すべて私の役に立つ

by プリシラ・ロバーツ




起きた出来事は、ただ起きた事。その状態が起きたときはニュートラル。

それに対してあーだこーだと判断と意味付けをしているのは自分自身です。



「起きた出来事に判断(ジャッジ)をしない」とは言いますが、それもある意味縛りです。


ジャッジをしない方が良いとジャッジする。



そう決めつけている、ですよね。


手放す。なんて言葉もよく使われますが、それは何のため?何か良くなるために自分の思考や感情を手放すなんておかしくない?

そのままのあなたを丸ごと受け入れる選択だってあるんだよ。

手放すことも手放すのだ。





私とはなんぞや?という質問にすらすらと答えるのは難しいですね。


とあるフレームから玄花を表す言葉を書き連ねて見ると……

配偶者と死別、
未亡人、
シングルマザー、
3人の子育て、
財産放棄、
生命保険や遺族年金無し……


まだまだたくさんありますが、世の中の集合意識的常識では、これらは人生を楽しく生きて行くにはマイナス要因に捉える人の方が多いのではないでしょうか?


未だに、在日である事やシングルマザーである事を周りの方に言えない人が多いのは事実です。



しかしこれから先、私が私の人生において自分のやりたい事を成し遂げて行く中で、これらはとても楽しくエキサイティングなエピソードのひとつにしか過ぎないと思っています。


私が自分の人生において、私がそう決めたから、そうなのです。



私が決めるとは、私の判断(ジャッジ)です。


「私」というものを強烈に意識した先には、私という括りさえ超える領域があるのを知っている。



自分が納得して生きて行く。

そこには自分の納得する「物事に対する判断」が介在しているけれども、世間体の神様や誰かの判断を当て嵌める訳ではない。


もちろんその自分の行いがどう周りに伝播していくのかの広い視点も持ちつつ。



物事をジャッジする、ということに関しても意識を上げると、それが良い悪いと捉えるだけでなく、見える景色が変わって来るフェーズがある。

さらにその上の領域へ行こう。



私の人生に起こったすべての経験に感謝します。結構楽しい人生なんですよ。


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そしてまた、このページを通して、携帯やPC画面の向こうのあなたと繋がれることに感謝します。

いぇーい!